大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所八王子支部 昭和57年(少ハ)2号 決定

少年 T・M子(昭四一・三・一二生)

主文

本件申請を却下する。

理由

(本件申請の理由の要旨)

少年は、仮退院期間を昭和六一年三月一一日までとして、昭和五六年三月二〇日愛光女子学園を仮退院となり、東京保護観察所の保護観察下にあるが、

一  昭和五六年五月一八日中学校在学中からの不良仲間であるA子と共に吸引する目的でシンナーを所持していたところを警察署署員に補導されたが、七月ころからは、再び自宅等においてシンナーを時々吸引するようになり、昭和五七年二月ころからは、自宅において母親の面前でもシンナー吸引を繰り返し、その指導に従わず、二月一六日、一九日ころ及び三月一四日、一六日を含め明らかになつているだけでも四、五回シンナーを吸引し、

二  昭和五六年五月ころから上記不良仲間であるA子と交際しシンナー吸引、無断外泊、夜遊びをするようになり、更に昭和五七年一月ころからは、少年宅に保護観察処分に付されているB子やCなどが集まり、シンナー吸引等を行うようになり、

三  昭和五六年秋ころに花屋で二日間、昭和五七年二月ころスナツクで二日間働いた以外は、定職に就かず、上記のような非行を繰り返し、無為徒食の生活を続けていた

ものである。

上記一、二及び三の事実は、少年が仮退院するに際して遵守することを誓約した犯罪者予防更生法第三四条第二項所定の遵守事項の第一号後段、第二号及び第三号並びに同法第三一条第三項の規定により関東地方更生保護委員会が定めた遵守事項の第三号「いやなことがあつても、がまんして、なまけず、しつかり働くこと」及び第四号「素行の悪い者とはつきあわず、そのさそいにのらないこと」に、それぞれ違反しているところ、少年は、保護司宅への来訪も行わず、保護観察官が少年宅を訪れると、罵倒を浴せたり、呼出状をその場で破り捨てるなどの所業に及び、その指導に従わず、また母親は男性との交際を続けていることもあつて、母子関係は不良であり、少年をこのまま社会内において再非行の防止に努めることは困難であるので、少年院に戻し収容することが相当である。

(当裁判所の判断)

調査審判の結果によると、本件申請の理由の要旨どおりの事実を認めることができる。そうすると、少年を少年院に戻して収容すべきは誠に当然の如くである。しかし仔細に検討してみると、まず、少年の母親は、第一回審判(昭和五七年四月二日)の席において、少年は九九パーセント少年院送りになると聞いている、自分は少年院に入れてもらいたいとは頼んでいないなどと喚き立て、少年院に戻すかどうかは、これから審理して決めることであると説明しても、冷静にならず、半狂乱然として、「私は理屈にあわないことを言つてこうして頑張つているのだから、お前もしつかりしてよ。」などと少年に泣きつくような、感情の渦に巻きこまれやすく、自己を統制しにくい性格の持ち主であり、そのために、日常、少年に注意を与える際にも、少年と同等のレベルでのののしり合いに終始し、挙句のはては、少年の面前で、保護観察官に架電して、少年院に入れてほしいと頼み込むなどしてみせるということになり、少年を適切に指導できなかつたうえ、無為徒食はしていても就労の意思自体はあつた少年に、正常な社会生活を経験させるための積極的、建設的な働きかけもなしえないでいたこと、さらに、母親(父親とは別居中)と交際中の男性が少年宅に泊りに来るようになつてからは、少年には、母親が自分を邪魔者扱いにしていると感じられるようになつて、以前にも増して、家庭が愛情欲求を充足する場とはならず、従来から、やり場のない不満を解消する手段として、不良仲間とともに行つていたシンナー吸引を、こんどは、母親の関心を惹きつける意味合いもあつて、これみよがしに母親の面前で行うというほどになつたものであること、少年宅が不良仲間の溜り場となつたのは、母親が交際中の男性の郷里(青森県の漁村)に一〇日間ほど旅行した際のことであるが、少年はこれを迷惑に感じ、不良仲間を家に泊めたことに悩んでいたこと、少年は、社会性が未熟で視野が狭く、母親の愛情を求めているが、上記のような母親の性格から、母子間には緊張が生じやすく、気心の知れた仲間たちとの傷口をなめあうような交際を求めて、不良交遊に走つていたことなどの事情が認められる。そこで第一回審判においては、以上のほか、母親は近い将来、交際中の男性と青森県で同棲する予定があり、少年も青森に転居することになれば、八王子の不良仲間から少年を引き離すことができること、少年及び母親は、少年院に対し強い拒絶反応を示しており、直ちに少年を少年院に戻しても、所期の効果をあげえるかどうか疑問があることなどの事情に照らし、保護観察官の意見を徴したうえ、しばらく少年の動向を見守り、安定化に向かうようであれば、環境の変更による更生効果にも期待することとして、少年を東京都足立区所在の○○(○○○○氏)に補導委託することとした。

少年は、補導委託後しばらくして、母親が妹を連れて青森に転居し、少年に対して、青森での受入れ態勢はまだ出来ていないと連絡してきたことから、自分だけ捨てられたと感じ、極めて不安定となつたが、調査官の働きかけにより、母親が受入れ態勢をととのえてからは、母親が委託先に来訪してきたら、しがみついてでも一緒に青森に行きたいという気持をもちながらも、仕事に意欲を見せ、約一週間真面目に稼動した。しかもその間調査官の集中的な面接により、少年は、自助の精神こそが大切であり、保護観察は少年を支持し援助してくれるものであるということを理解するようになつた。以上の試験観察の経過から、少年の基底には、甘えの欲求の不充足感があり、母親との情緒的結びつきを強く求めており、少年を母親から遠く長期間引き離しておくことは、少年の安定を損うものであること、少年は保護観察の趣旨を理解し、これを真しに受けようという心構えをもつに至つたこと、まがりなりにも正常な社会生活への第一歩を踏み出したことが認められたので、当裁判所は、今後は、少年を母親と同居させて情緒を安定させるとともに、新しい環境のもとで、専門家の指導を受けさせれば、少年の更生を図ることができ、現時点においては、少年を少年院に戻して収容するまでもないとの判断に達した。

よつて本件申請は理由がないので、これを却下することとし、主文のとおり決定するものである。

(裁判官 肥留間健一)

〔参考一〕 少年調査票〈省略〉

〔参考二〕 意見書

昭和57年少(ハ)第2号

意見書

東京家庭裁判所八王子支部裁判官○○○○殿

昭和57年4月28日

東京家庭裁判所八王子支部家庭裁判所調査官○△○○

少年 K・M子

昭和41年3月12日生

住居 足立区○○×-×-××○○

上記少年に対する保護事件は調査の結果下記理由により戻し収容申請却下を相当と思料する。

理由

少年はS57.4.2試験観察(補導委託)決定を受け、上記住居地の○○に補導委託された。その後の経過は別紙試験観察経過報告書に記載の通りである。

少年は委託先の斡旋で、甘味喫茶「○○」店員に就職、通いで働いている。当初少年は委託先に落ち着けず、地元の友達や自宅が恋しくなつて無断で帰宅したが、帰宅してみたところ母親が既に妹を伴ない青森の婚約者方に移つてしまつていた為途方にくれて混乱状態に陥つている。委託先に帰りたいと思いながら自発的な行動がとれず、空家となつた自宅でシンナー吸引をくり返していたようである。恋人に伴なわれて4日目に委託先に戻つたが、母親に捨てられたような気持や委託先での不適応感が強く、しばらく不安定な状態が続いた。しかし、母親との連絡がとれ、母親が少年を青森に連れて行く気持を持つていることを確認してからは、精神状態も安定し、現在は仕事にも意欲を見せ落ち着いた生活をしている。やつと委託先での生活が軌道に乗つてきたところと思われる。

しかし、少年は能力的にもいくらか低く社会性も未熟であり、家族や気心の知れた友達など身のまわりの人に強く依存している為それらから離れると非常に不安定になるようである。母親は、既に妹も転校させ、青森を生活の根拠地にしているようであるので、補導委託を続けるとすれば、母親と、東京と青森に別れ住むことになるが、こうした状態には、少年は長くは耐えられないと思われる。

少年も青森で真面目にやりたいと言つており、母親も少年を引き取り生括を共にする意志を持つているので、母親が上京する機会に試験観察を終了し、青森で家庭生活を営ませるのが相当と思われる。

しばらくの期間ではあるがシンナーからも離れ、生活態度も安定しつつあること、青森に転居することで、地域の不良交友も断たれ環境改善が期待できることから戻し収容申請については却下が相当と思料する。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例